さよなら固定電話─30年の番号と声の記憶

さよなら固定電話

固定電話の受話器を取ることがほとんどなくなった。

それでも、手放す決心には少し時間がかかった。
家族の歴史とともにあった“番号”を思い出すと、やはり胸の奥が少しざわつく。

今月末で、固定電話をやめる


今月末で、長年使ってきた固定電話をやめることにした。
理由は単純で、もうほとんど使わなくなったからだ。

あの頃、電話加入権は高価だった

就職してしばらく経った頃、自分名義で初めて固定電話を引いた。
当時は「電話加入権」というものが必要で、たしか7万円ほどしたと思う。
社会人としての第一歩を踏み出したようで、少し誇らしかった。

それから、人生の節目ごとに電話番号も変わっていった。
独身時代の番号、結婚して新しい土地に移ったときの番号、そして子どもが生まれ、今の家に落ち着いてからの番号。

最後の番号は、もう30年も使ってきた。
子どもの成長も、家族の会話も、両親との長電話も、この番号とともにあった。
だからこそ、手放すのが少しだけつらい。

使わない電話に、毎月の支払い

ここ数年、固定電話を使うことはほとんどなくなった。
かかってくるのはセールスやアンケートばかりで、知り合いとの連絡はLINEか携帯電話で済んでしまう。

そんな電話に、毎月1,000円弱を払い続けている。
それが小さな無駄に思えて、とうとう決心した。

FAXで手紙を送った日々

子どもが小さかった頃、田舎の祖父母にFAXで手紙を書いて送っていた。
絵を描いたり、ひらがなで拙い文章を書いたり。
祖父母から届く返事には、必ず優しい言葉が添えられていた。

紙の上を文字が行き交っていたあの頃、電話線の向こうには確かに“つながり”があった。

父の長話と通話料のこと

今でも、田舎の両親に電話をかけると長話になる。
だいたい20分くらい、いや、父が相手のときはもう少しかかる。
話し始めると止まらないのが父らしい。

固定電話の通話料が安かったのは、本当に助かっていた。
いまの携帯は通話し放題ではないので、長電話のときは一度両親の携帯に連絡し、かけ直してもらうことが多い。
向こうは通話し放題だから、お互い気兼ねなく話せる。

電話機のいない家へ

まもなく、固定電話機が家からなくなる。
長い間、家の片隅で静かに鳴っていたその音が、もう聞けなくなる。
子どもが小さかった頃からずっとそこにあった場所が、ぽっかりと空く。

独身時代から、結婚、子育てと歩んできた年月を、この電話番号はずっと見守ってくれていたのかもしれない。

それでも、時代は流れていく。
使わなくなったものを手放し、新しい暮らしに馴染んでいくのも悪くない。

電話線の向こうにあった声たちに、静かに「ありがとう」と伝えたい。

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